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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)431号 判決

原告 株式会社白井松器械舗 外一名

被告 高橋一郎

主文

被告の原告等に対する大阪法務局所属公証人加古哲太郎作成更第五四一二号金銭消費貸借契約公正証書に基く強制執行は金七万七千円の限度に於いてこれを許さず。

被告は原告株式会社白井松器械舗に対し株式会社白井松器械舗の株券一株額面金二十円全額払込済のもの四千三百五十株と引換に金八万七千円を支払え。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し各その一を原告株式会社白井松器械舗、原告白井、被告の負担とする。

この判決は主文第二項につき仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告の原告等に対する大阪法務局所属公証人加古哲太郎作成更第五四一二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基く強制執行は原告等のため之を許さない。被告は原告株式会社白井松器械舗に対し金八万七千円及びこれに対する昭和二十八年四月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

第一原告株式会社白井松器械舗(以下単に原告会社と略記する)は昭和二十七年十二月二十三日被告より金三十万円を借入れ弁済期を昭和二十八年三月三十一日と定め、原告白井次郎はこれが債務につき連帯保証を為し、大阪法務局所属公証人加古哲太郎作成更第五四一二号金銭消費貸借契約公正証書によつて強制執行を受けても異議がない旨を約諾した。しかしながら右債務は以下の如く一部弁済及び相殺により消滅しているから右公正証書による執行は許されない。

(一)  一部弁済 昭和二十八年一月二十七日原告白井は被告に対し金十万円を支払い、内金二万三千円は右債務の前払利息支払のため振出していた手形金債務に充当せられ、残金七万七千円は右元金の一部に充当せられたので債務残額は金二十二万三千円となつた。

(二)  相殺 然るところ原告会社はその後事業経営の不振により債務超過を来し、訴外河泉毛布敷布株式会社等より破産の申立を受けたので昭和二十八年四月十四日和議開始の申立をし、大阪地方裁判所昭和二十八年(コ)第二号事件として審理せられ、弁護士岸井八束を和議整理委員に選任し調査された結果同年八月二十六日和議手続開始決定をせられ弁護士武田太七を和議管財人に定められた。かくして同手続中次の事実が発見された。即ち、被告は嘗て原告会社の取締役会長に一時就任していたことがあつたが、昭和二十六年八月重役間の意見に齟齬を来して退任することになつた。その際被告は同人の所有する原告会社株式額面一株につき金二十円のもの五万株を額面金額で買取るべきこと並に退職慰労金の支出を求めてやまないため原告会社は同月六日大阪銀行より金融を受け即日被告にその支払をして右株式全部を取得したことがあり、和議手続による調査によつて右のことが発覚した当時には右取得株式は一万五千五百株、額面合計金三十一万円を原告会社に保有する外はすべて他に処分していた。原告会社が被告より右のように原告会社の株式を取得したことは自己株の取得であつて商法第二百十条各号に於て許容せられるいづれの場合にも当らず、絶対無効の法律行為であつたわけである。従つて右五万株取得の代価として原告会社が被告に支払つた金員は被告が保有しておくべき法律上の原因を欠き不当利得として被告より返還を受くべきものであるが、原告会社に於て既に他え処分したるものはこれを措き現に保有する前記一万五千五百株、金三十一万円についてその返還を求むべきところ、原告等は被告に対し前記借入金残債務二十二万三千円を負担しているので、昭和二十八年十二月十日附内容証明郵便を以て右借入金債務と右債権とを対当額に於て相殺する旨の意思表示を為し、同書面は翌十一日被告に到達した。従つて相殺適状に在つた昭和二十八年三月三十一日に遡り金二十二万三千円の限度に於て債権、債務は消滅した。

以上公正証書に基く原告会社の主債務並びに原告白井の保証債務は消滅し該公正証書により原告等に対する執行は許されぬこととなつた。

第二原告会社は被告に対しなお右相殺残余の金八万七千円の不当利得金返還請求権を有するので、その支払を求める為本訴に及んだものである旨陳述し、被告の仮定抗弁として主張する法律上の見解を争つた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告等の請求はこれを棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中、被告が原告会社に対し金三十万円を原告白井保証の下に貸渡し主張の公正証書を作成したこと、原告会社より被告に対し相殺の意思表示が為されたことはこれを認めるが、その余の主張事実は次の如く否認する。

第一の(一)、一部弁済の事実について。

被告は金十万円を受取つたが、これは内金二万三千円は被告の有する別個の約束手形金の弁済として、又残金七万七千円は被告が原告会社の更生に関して尽力し、これによつて原告会社が更生をするに至つたのでその謝礼として受取つたもので、いづれも本件公正証書の債務の弁済とは全く関係がない。

(二)、相殺の点及び第二について。

被告は原告会社に対し原告主張の株式を売渡した事実はない。原告白井に売渡したのである。即ち被告は原告会社の要請により昭和二十六年六月二十八日原告会社の代表取締役に就任したが、その当時たまたま原告会社は金百万円を増資することゝなり、就任に際し右増資株式のうち二万株(一株の株金二十円)を被告が引受けてその払込を為し、三万株は訴外三村和義他四名に依頼して引受け払込をして貰つた。その後同年八月被告は原告会社の他の重役との間に意見の齟齬を来した為退任することにした。その際原告白井より被告及び右訴外人等が払込んだ右株式(真実は株券は未だ発行せられておらず株金払込領収書である)を買取りたい旨の申出を受けたので、被告は右訴外人等から三万株を預りこれに被告の二万株を合してこれを原告白井に売却したのである。かように被告の売渡したのは原告白井自身に対してであり、しかもその数は二万株金四十万円にとゞまる。原告白井が右買受資金の調達について或は原告会社の名を以てしたことがあるかもしれないが、かようなことは被告の関知しないところである。従つて原告会社が被告より自己株式の譲渡を受けたとして主張する不当利得債権なるものは生ずる筈がない。

と述べ、仮定抗弁として、

もし被告が原告会社に対し右株式を売渡したものであるとすれば商法第二百十条に反し無効というべきであるが、かゝる売買契約は同時に民法第九十条にも反する契約であつて、この契約に基き原告会社が被告に支払つた代金は民法第七百八条本文に該当する不法原因給付として返還を求める権利はない。これにより原告会社の蒙る損失はその行為を為した取締役が会社に対して連帯して損害賠償の責に任ずべきものであり(商法第二百六十六条)原告会社はかような売買契約を為した取締役たる原告白井にその責を追及する他被告に対し代金の返還を求め得べきものではない。しかも原告会社の代表取締役である原告白井が被告から自己株式を原告会社の計算に於て取得したというに至つては商法第四百八十九条第一号、第二号に依り刑罰を受くべき所為である。以上原告会社の代金支払は不法原因給付として返還を受け得ないのであるから原告等の相殺の主張は理由がない。

更に右不法原因給付に当らず原告会社が返還債権を有すると仮定しても、原告等主張の右相殺の自働債権は株券と引換えに被告より支払を受け得るものであつて、引換えでなければ被告はその支払を為すを要しない同時履行の抗弁権の附着するものであるから、これを伴うことなく卒然相殺に及ぶもその効力のないことは明らかである。この点に於ても原告等の本訴請求は失当である。と述べた。〈立証省略〉

理由

昭和二十七年十二月二十三日原告会社は原告白井の連帯保証の下に被告より弁済期を昭和二十八年三月三十一日と定め金三十万円を借受け、大阪法務局所属公証人加古哲太郎作成更第五四一二号金銭消費貸借契約公正証書を作成し執行受諾を約していることは当事者間に争がない。そこで原告が請求異議事由として主張する各事実について判断する。

(一)  一部弁済の点について。

原告等は昭和二十八年一月二十七日原告白井が金十万円を、内金二万三千円は本件借入金三十万円の利息金として、残金七万七千円は上記元金の一部弁済として支払つた旨主張するに反し、被告は右金十万円を、内金二万三千円は別個の約束手形金の支払として残金七万七千円は被告が原告会社の更生に協力した謝礼金として、受領したものであると否認している。被告本人尋問の結果によれば、被告の右主張に添う供述が存し、これと成立に争のない乙第一号証を併せ考察すれば右金十万円の授受があつたにも拘らず原告会社がなお金三十二万三千円の支払を被告に確約しているとも見受けられることより、右金員の授受は被告主張の如き趣旨のものであつたと解されないでもない。しかしながら、成立に争のない甲第一号証及び証人万谷久二雄の証言並に被告本人尋問の結果を綜合すれば、右金二万三千円というのは本件貸金三十万円に対する昭和二十七年十二月二十日頃より後述の債権者集会日である同二十八年一月二十八日頃迄の日歩二十銭の割合による約定利息金額にほぼ相当し、利息金として以外には原告会社が被告に対しかような端数の金銭債務を有するものでないとの事情が窺えるので右金員は貸金三十万円に対する右一月二十八日頃迄の約定利息であると推認すべく、又被告本人尋問の結果によれば前記乙第一号証覚書に於て原告会社が被告に対し支払を確約している金三十二万三千円の記載は誤算であつて真実は金三十万円である旨の供述が存する。右の如く金二万三千円を元金三十万円に対する約定利息金と解すべき以上右覚書記載の金三十二万三千円というのは原告会社が被告より借受けた元利合計金額と見るのが相当であつて、右利息金が既に本件金十万円の授受以前に支払われているとの事情は各証拠上看取されない本件に於て右覚書記載の金三十二万三千円を単なる誤算、誤記と解し去ることはできない。むしろ乙第一号証及び原告白井本人尋問の結果を綜合して認め得る如く、この間の事情は以下のように解すべきである。即ち昭和二十八年一月当時原告会社は経営不振の為整理手続をすることゝなり、同月二十八年の債権者集会に於て債権者の一人である被告より整理方針につき原告会社の利益に尽力して貰う期待の下に被告の要求により同人の債権である貸金三十万円及び前記利息金二万三千円合計金三十二万三千円の支払を誓約し、この支払に関しては同日の債権者集会に於て整理方針が如何に決議せられようともその全額を他の債権者に対する場合とは取扱を別にして支払う旨確約したのであつて、同日原告白井は右趣旨に於て被告に対し優先的に金十万円を被告に支払ひ、その内金二万三千円は右利息金として、残金七万七千円は元金の一部として各弁済充当せられたものと認めるべきである。この認定に反する被告本人尋問の結果及び成立に争のない甲第五号証は措信し難く、証人万谷久二雄の証言もこれを覆えすに足るものとは云えず他に右認定の妨となるべき証拠は存在しない。然らば被告の貸金三十万円の内金七万七千円は弁済によつて消滅したものと認められる。

(二)  相殺の点について。

原告白井本人尋問の結果によりその成立を認め得る甲第二号証の二乃至五、同第三号証の一、二、成立に争のない同第四号証の一、二、同第六号証、証人白井栄一、同柳谷義雄の各証言、原告白井本人尋問の結果を綜合すれば、昭和二十六年六月当時原告会社は経営不振の為資金繰りに腐心しその打開につき考慮していたところ、偶々被告の協力を得ることゝなり、増資の方法を採つて被告より資金援助を受けることゝし、同月五日百万円(一株額面金二十円、五万株)の増資を決議して同月二十八日被告を原告会社の代表取締役として迎え右増資全額百万円の払込を受けた。ところがその後原告会社の経営に関し被告は他の役員との間に意見を異にした為同年八月六日退社することゝなつた。そこで被告は右出資融通金員の返還並に退社金員の支払を求め、原告会社と協議の上原告会社に於て右出資金員及び退社手当金を含め百三十五万円を被告に支払うことを約し、株券未発行であつたので被告より払込金領収書の交付を受けて原告会社が譲渡を受けたことが認められる。被告は右株式を原告白井個人に対して譲渡したのであると主張しているが、右認定の如く株式の引受も被告より原告会社に対する融資の方法として執られたものであり、又その譲渡も右融資金の回収を狙ひとしたものであつて実質的には被告としては貸付金の返還を受ければ足るということであつたと見られるのであるから特に原告白井個人に対して譲渡するとの意思を明確に有していたとも解せられない。而して右認定に反する甲第五号証及び被告本人尋問の結果は措信するに足らず、証人万谷久二雄の証言は明確とは云えず右認定の妨となるものとは解せられず、他に右認定に反する証拠は存しない。

然らば原告会社の右株式の取得は自己株式の取得に該当し商法第二百十条各号に於て許容されるいづれの場合でもないから無効と云うべく、原告会社が右株式取得の為被告に対し支払つた金百万円は被告に於てこれを保有すべき法律上の原因を欠く不当利得といわねばならない。

そこで被告の仮定抗弁について考察する。被告は右自己株の取得は民法第九十条に反すると共にその売買代金の支払は不法原因給付であると主張する。しかしながら商法第二百十条に於て自己株式取得を禁止する所以は会社財産の確保という政策的立場に基くものであつて、これに反する自己株式の取得は右強行法規に反するが故に無効とすべきも、公序良俗に反するものとは解せられない。而して民法第七百八条に謂う不法の原因とは給付の原因たる行為が公序良俗に反する場合を云ひ本件の如き強行法規違反の場合をも含むものではないから、被告の右抗弁は採用し難い。然らば原告会社は被告に対して前記自己株式譲受の代価として支払つた金百万円と同額の不当利得金の返還請求権を有するものであり、原告会社に於て昭和二十八年十二月十日付書面により右債権を以て本件消費貸借残債務金二十二万三千円を対当額に於て相殺する旨の意思表示を為し、同書面が翌十一日被告に到達したことは被告の認めているところである。しかしながら被告が無効なる自己株式を譲渡して得たる代価の返還義務と原告会社の株式返還義務とは固より双務契約に基くものではないが、同一の法律要件から生ずるものであり、両債務の履行を関連せしめて同時に為さしめることが公平に適するものと云うべきことは恰も民法第五百四十六条の解除による原状回復義務の場合と同様の関係に立つものと見るべきである。従つて被告の抗弁の如く原告会社が右相殺を為さんとするについても右株式返還義務の履行の提供を為すことを必要とするものというべきところ、原告会社に於て履行の提供を為したる事実は本件各証拠上存しないから右相殺は不適法たるを免れない。

第二原告会社の被告に対する金八万七千円及びこれに対する昭和二十八年四月一日以降年五分の割合による遅延損害金の請求について案ずるに、原告会社が被告に対し前記自己株式の取得により支払つた代金につき不当利得返還請求権を有すること右請求金額はその一部であることは前述により明らかなところであるが、右不当利得金の支払と譲渡株式の返還とは同時履行の関係に立つものであること前記のとおりであるから、被告は原告会社に譲渡したと同種同額の株券一株金二十円全額払込済のもの四千三百五十株と引換に金八万七千円を原告会社に支払うべき義務がある。しかしながら遅延損害金の請求については適法な相殺を前提とするものであるところ、相殺の無効なること前述の如くであり、被告の右金八万七千円の支払義務は株券の引渡と同時履行の関係に立ち未だ被告に右債務の履行遅滞は存しないのであるから遅延損害金の支払を求める部分は失当である。

以上原告等が本件債務名義たる公正証書の請求権の消滅を理由とする請求異議の本訴請求は金七万七千円の限度に於て、原告会社の金員支払を求める請求は株券と引換に金八万七千円の限度に於て各正当であるが、原告等並に原告会社のその余の請求はいづれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林義雄)

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